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スペース・シャトルとの連携

計画終了後、スカイラブは8年間は軌道上に滞在すると予想された。そのため、1979年までにスペース・シャトルをドッキングさせ、そのエンジンを使用してスカイラブをより高い安全な軌道上まで移動させようという計画が持ち上がったが、シャトルの初飛行が1981年までずれ込んでしまったため、実現しなかった。また遠隔操作により無人の衛星をドッキングさせる案も出されたが、予算不足のためこれも実現されなかった。

スカイラブはジャイロスコープの交換や燃料の補充など大幅な修繕が必要とされていたが、多くの部分は本来は宇宙で交換できるようには設計されていなかった。しかしながら飛行士たちは熱交換器を取り替えてみせるなどして、宇宙空間でも修理は可能であることを証明してみせた。 スペース・シャトルを使用してのスカイラブ修繕計画は、以下の4段階に分かれていた。

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スペース・シャトルの2度目の飛行で小型のロケットエンジンを装着し、より高い軌道まで移動させる
1982年1月にドッキング用のアダプターを取り付け、1983年8月に飛行士がいくつかのシステムを交換する
1984年3月には動力拡張区画を取り付け、30 - 90日にわたって地球資源探査をする
1985 - 1989年にかけ、追加の補給区画や実験室スペース・ラブなどをドッキングさせ、8人の飛行士が滞在できるように拡張する

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2009年04月27日 12:46に投稿されたエントリーのページです。

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